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キリスト教Q&A

キリスト教コト・モノ

キリスト教って意外と身近、私たちの日常にすでに「ある」から不思議です。実はキリスト教に由来する、よく知られているコト、モノを紹介します。

「目からウロコが落ちる」は迷いから覚めるという意味も

これは新約聖書・使徒言行録9 章に記された「サウロの回心」に由来します。
サウロとはキリスト教を迫害していた張本人です。ある時雷に打たれたような衝撃を受け、「なぜ私を迫害するのか」「私はあなたが迫害しているイエスである。町に入れば成すべきことがわかる」という声を聞き、突然目が見えなくなってしまいました。
サウロは何とか町にたどりつき、ここでキリスト教徒のアナニアという人に出会いました。そして神のお告げのとおりアナニアの祈りのおかげで「たちまち目からうろこのようなものが落ちサウロは元どおり見えるようになった」(使徒言行録9章18節)と記されています。これがきっかけでサウロは回心しキリスト教徒になりました。
本来は「誤りを悟り、迷いから覚める」という意味ですが、いまは、「何かがきっかけになって、物事の実態などがよく見え、理解できるようになる」ことを意味します。

あの「カプチーノ」がキリスト教に由来!?

シナモン、ミルク、コーヒーという絶妙なバランス。好きな人は多いのでは。
実は「カプチーノ」は、カトリック教会の一派「カプチン会」の修道士が着ている、フードのついた茶色の修道服「カップッチョ」が語源だといわれています。その茶色い色が似ていたからですね。「カップッチョ」とは、フードのこと。また、蓋という意味もあり、ミルクの泡を蓋に見立てたとも。ちなみに、イタリアではカプチーノを「カップッチョ」と呼んでいます。

イエスが戒めた「目には目を、歯には歯を」

自分が害を受けたら、それと同じようにして復讐することのたとえ。目を傷つけられたら相手の目を傷つけ、歯を折られたら相手の歯を折るということから、被害者が受けた害と同等の害を加害者にも与えるという意味。旧約聖書・出エジプト記21章24節に記されています。しかし、イエス・キリストは復讐を戒め、「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出しなさい」(新約聖書・マタイによる福音書5章39節)と言いました。これは暴力に対して暴力で応えてはいけないということです。イエスは究極の平和主義者なのです。

無駄・無価値を表わした「豚に真珠」

新約聖書・マタイによる福音書7章6節の言葉で、「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう」に由来します。
意味は、どんなに貴重なものであっても、その値打ちを知らない者には、何のありがたみもない、無駄、無価値というたとえです。
こう考えてみるとイエス・キリストは、案外、合理的かもしれません。

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